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ダイヤモンドのカットにまつわる歴史

今から4,000年以上前に初めてインドで発掘されたというダイヤモンド。古代では宗教的なオブジェや魔除け、お守りとして珍重されており、仏教経典にもシンボリックに描かれています。

中世から現代に至るまで、王族から貴族、商人とさまざまな人々を魅了し続けてやまないダイヤモンド。その輝きを生み出しているのは「カット技術」と「研磨法」です。ここでは、地域や時代背景に触れながら、ダイヤモンドのカットの歴史をご紹介していきます。

目次

1.古代

1-1.紀元前から人々を魅了してやまないダイヤモンド

紀元前からダイヤモンドに魅了された人々は数知れず…。書物にはダイヤモンドにまつわるさまざまな歴史的事象が書き残されており、紀元前327年にアレクサンダー大王がインドからヨーロッパにダイヤモンドを流入し始めたことから欧州とダイヤモンドとの歴史は始まったと言われています。

17世紀に活躍したフランス貿易商の旅行記には、「紀元前からインドではダイヤモンドが採掘されていて、すでに研磨技術を持っていた」と記されています。

1-2.世界で最初にダイヤモンドを加工したのはインド

世界でダイヤモンドを最初に加工したと言われているのもインド。カットされたダイヤモンドの代表的なものに「グレートムガル」と「シャー・ダイヤモンド」があります。グレートムガルは面をつけずに丸くドーム状に磨かれた石。シャー・ダイヤモンドは珍しい棒状で、ムガル帝国の皇帝の名が刻まれています。

このような高度なテクニックを用いたダイヤモンドを所有しているのは一部の王族のみで、一般的な人々は不透明な石に施されることが多い丸い山型「カボションカット」を好んで身につけていたようです。現在流通しているような、カット面があり輝きが増すよう研磨されたダイヤモンドは、中世ヨーロッパまで登場しません。

1-3.世界で唯一のダイヤモンド産出国だったインド

古代では、インドが世界で唯一のダイヤモンド産出国でした。1725年にブラジルで鉱脈が見つかるまで続きます。この頃ダイヤモンドは川岸で採取されるのが普通。パーフェクトな結晶構造とあり得ない透明度の高さ、そして最高グレードDよりも無色である「ゴルコンダ・ダイヤモンド」もインドの川岸で採取されたと言われています。

2.14世紀

2-1.イタリアの繁栄にともない、さらなる輝きを求められた中世後期

14世紀辺りから、ダイヤモンドのカット技法が研究され始めます。またインドで採取されたダイヤモンドが硬度だけでなく、徐々に輝きを求められるようになるのも14世紀頃からです。この頃のヨーロッパは中世後期、イタリアルネサンスの時代。

この新しい時代の幕開けによって、ヨーロッパ全土を繁栄にもたらすような大きな流れが生まれました。地中海周辺の国々の物流が活発になることで、インドで採取されたダイヤモンドも以前に増してヨーロッパに大量流入していたことでしょう。14世紀後半のフランス・パリには、すでに「ダイヤモンドの研磨師」という職人がいたと記録が残っています。

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2-2.カット・研磨技法の向上よって「ポイントカット」が誕生

この時代にダイヤモンドを研磨する方法が研究され、ダイヤモンドの粉をすり合わせて研磨する手法が誕生したそうです。そうは言っても、この頃のダイヤモンドの研磨レベルはまだまだで、形を整えて透明感を出す程度にとどまっていました。「ポイントカット(八面体)」に整えたり、表面を平たくしたりする程度の加工はできたようです。ダイヤモンドは地球上でもっとも硬度が高い鉱物なので、カットすることも研磨することも一苦労だったでしょう。

3.15世紀から16世紀

3-1.大航海時代によってますますダイヤモンドビジネスが拡大した15世紀

15世紀は、スペイン・ポルトガルを中心に新たな交易路の開拓が活発になった大航海時代がスタートした頃。オランダ商人で旅行家であるヤン・ホイフェンは、1595年に自身の旅行記へ「インド・ゴア産ダイヤモンドのほとんどはポルトガル商人が買い取っていった」と記述しています。

新大陸を発見しようとヨーロッパ全土が躍起になっていた時代であることがわかります。またこの頃、ダイヤモンドの中心地が「ベルギーのアントワープ」に移り変わりました。アントワープは今でもダイヤモンドビジネスの中心地として有名です。

3-2.ダイヤモンドカットの歴史に残る「テーブルカット」

15世紀は、エメラルドカットやスクエアカットの原型になる「テーブルカット」が誕生。ダイヤモンドの構造について研究を重ねているうちに、「カットしやすい規則的な方向」を見つけたことから生まれました。八面体であるポイントカットの上下を切断した形です。シンプルな形ですが、「テーブルカット」の登場によって、さらに多くのカット・バリエーションが生まれました。

3-3.多くのカット・バリエーションが生まれた15世紀

カット・研磨技術の研究が行われていたものの、まだまだダイヤモンド本来の輝きを表現しきれていなかったため、この頃はダイヤモンドよりサファイアやルビーの方が人気でした。しかし、テーブルカットからさらに研究・技術向上が進むにつれて、17個のクラウンを持つ「マザランカット」が生まれ、さらに進化して「ブリリアントカット」が誕生します。15世紀後半、ダイヤモンドは「大きさ」ではなく、最大限に輝かせる「カット技術」で全ての価値が決まることに多く人々が気付き始めるのでした。

3-4.16世紀ヨーロッパ貴族に人気を博した「ローズカット」

16世紀後半には、バラのつぼみのようなドーム型をした「ローズカット」が新しく登場。今までの輝きと比較できないほどの輝きを放っていたため、当時のヨーロッパ貴族に大人気だったようです。「ローズカット」は、今でもアンティークジュエリー好きには人気があります。

4.17世紀

4-1.近代へ向けてさらなる躍進をするヨーロッパ諸国

17世紀にはインドだけでなく、南アフリカからも多くのダイヤモンドがヨーロッパに持ち込まれるようになりました。ヨーロッパ諸国がアジア・新大陸から搾取し始めた時代です。また新大陸北アメリカ大陸への入植も起こりました。

アントワープに続いて、ロンドンがダイヤモンド商人にとって重要な場所になり、ダイヤモンド原石が集まる主要な地として有名になりました。

4-2.研磨技術の向上で、ファセット面が多く複雑なカットへ進化

17世紀の終わりごろには、ダイヤモンドをより輝かせたいという試行錯誤の末、「マザランカット」が誕生しました。「最初のブリリアントカット」と呼ばれており、光の屈折率によって生まれる虹色の輝きや反射する強い光に当時の人々は魅了されました。次に登場したのが「オールドマインカット」。ヴェネツィア職人のペルッツィが編み出しました。58ものカット面を持っていましたが、まだ正方形でした。ここからさらに研究が進んで、円形の「オールドヨーロピアンカット」が誕生します。

「ラウンドブリリアントカットのルーツ」と呼ばれており、カット面数は58と変わりありませんが、カット面の形が大きく変化し、複雑化。また外形が円状に変わったことで、さらにダイヤモンドが輝くように工夫されています。ヴェネツィアで考案されたと言われる、現在の主流で最も美しく輝く形「ラウンドブリリアントカット」が生まれたのも17世紀のことです。

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